こども期逆境体験(Adverse Childhood Experiences:ACEs)は18歳未満で遭遇したこころのケガを引き起こす可能性のある体験であり、主には虐待や家族の機能不全のことを指します。1998年のFelittiらによる研究(ACE study)に端を発し、近年ではさらに広く、コミュニティや社会的な要因を含む概念へと拡張していました(Finkelhor et al., 2013)。日本でも、いじめや貧困、自然災害など、日本の文脈を反映して拡張されたACEの概念として、15項目のACEs(ACE-J)が提唱されました(Fujiwara, 2022)。しかし、これらが日本人の成人以降のメンタルヘルスの不調に影響しているかどうかは明らかではありませんでした。
我々研究チームでは、日本全国の住民を対象とした大規模オンラインコホート(JACSIS)に参加している約2万8000名を対象として、15項目のACEs(ACE-J)と、成人期時点での重度の心理的苦痛(K6尺度で13点以上)との関連を調査しました。
結果として、全体の74.5%がACEを1個以上有していました。それぞれのACEの経験率は、頻度の多かった順に、情緒的ネグレクト(38.5%)、こども期の貧困(26.3%)、いじめ(20.8%)でした。また、14.7%の人が4つ以上のACEを経験していました。
ACEの数が4つ以上の人では、1つもない人と比較したオッズ比で、重度の心理的苦痛が8.18倍(95%信頼区間7.14~9.38)高くなっていました。個別のACEでは、いじめで3.04倍(2.80 – 3.31)、こども期の貧困で2.14倍(1.95 – 2.35)でした。15項目すべてのACEが、成人以降の重度の心理的苦痛と有意な関連がありました。
本研究の結果より、日本人の4人に3人は、こども期になんらかの逆境体験を有しており、特にそれらを数多く経験していることが成人期以降のメンタルヘルスにも大きな影響を与えることが明らかになりました。ACEを経験させない・予防するという視点も重要ですが、すでにACEを経験している人が多いことをふまえ、トラウマに配慮したケアが、より広く日本に浸透することは日本におけるメンタルヘルス対策として重要であると考えられます。
本研究の論文
Sasaki N, Watanabe K, Kanamori Y, Tabuchi T, Fujiwara T, Nishi D. Effects of expanded adverse childhood experiences including school bullying, childhood poverty, and natural disasters on mental health in adulthood. Scientific Reports. 2024;14(1):12015. https://www.nature.com/articles/s41598-024-62634-7
佐々木那津
東京大学大学院医学系研究科 精神保健学分野